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2021.07.14

芸術家の創造と瞑想

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個性的で強い印象を残す作品を作り続けてきた、アメリカの映画監督デイヴィッド・リンチ氏。映画製作のほかにも美術や音楽など、ジャンルを超えて創造的才能を発揮しています。日本でも映画好きの方の中にはファンも多く、よく知られた存在です。

彼は長年にわたりTM(超越瞑想)を熱心に実践しています。TMを普及するために自身の財団を設立し、著書の中でもたびたびTMの話題に触れています。

今回ご紹介するのはこちらです。

『大きな魚をつかまえよう リンチ流アート・ライフ・瞑想レッスン』(デイヴィッド・リンチ著、四月社)

彼はこのエッセイの中で、瞑想することで理解力・認識力が育まれること。人生に対する理解が深まり、それが芸術家の創造的な活動にもプラスに働くことなどを述べています。

引用して一部をご紹介します。

瞑想がもたらす至福は防弾チョッキみたいなもの⁉

「芸術家が葛藤やストレスを理解するのはいいことだ。そこからアイデアが得られる。でも請け負ってもいいが、過度のストレスがあれば創造などできない。過度の葛藤もまた創造力の妨げになるだけだ。葛藤を理解しても、実際に生きる必要はないんだ。

我々が入っていく物語世界は、苦悩、混乱、闇、緊張、怒りに満ちている。殺人も起きる。ありとあらゆる出来事が起こるんだ。映画監督が、そうした苦悩を映像化するために、いつももがき苦しむ必要はない。人間のありさまをただ見せればいいだけだ。葛藤し、天国と地獄を味わったりするのを。でもあなた自身がそうした経験をする必要はない。映画監督は編曲家であって、自身が辛酸をなめることはない。登場人物に肩代わりしてもらうんだ。

常識的に考えれば、芸術家は苦しめば苦しむほど本来の創造力を発揮できなくなる。多分仕事だって楽しめなくなるし、本当にいい作品も作れなくなる。

ここで読者は、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホを引き合いに出すだろう。苦悩にもかかわらず、―むしろそれゆえ― 偉大な作品を生んだ画家の一例として。でもゴッホが、彼を苦しめた出来事にあれほど縛られなかったら、もっとたくさんの偉大な作品が生まれていたと私は考えたい。ゴッホが偉大なのは苦悩ゆえとは思わない。その絵は考えられうる限りの幸福をゴッホにもたらしたはずだから。

芸術家の中には、怒りや憂鬱といった負の感情が表現を鋭利にすると信じる者もいる。実生活でも怒りと恐れを持つ必要があり、そうすることで作品に迫真性をもたらすことができると考えているんだ。彼らは幸せになるというアイデアが嫌いだ。この言葉を聞いただけで吐き気を催す。表現の切れや力強さを失ってしまう、とね。

瞑想すればそんな取り越し苦労はいらない。創造力が枯渇することもないし、強度を失うこともない。実際、瞑想して超越すればするほど、創造力や力強さが育まれる。自らの内へ飛び込めば、人生のあらゆる局面をよりよく理解できるようになる。そうすれば理解力が育ち、認識力も深まって、大局的な立場から人間のありさまが見えてくる。

芸術家であれば、怒りにとらわれることなく、ただその感情を理解すべきだ。創造するにはエネルギーを持ち続けなくてはならない。明晰さを保ち続けるんだ。アイデアを捕まえなくちゃならなし、この世の信じがたいほどの重圧とストレスをはねのけるために、強く生きなければならない。だから、強さと明晰さと活力の湧きあがる場所を育むことは理にかなっている。自己の内へダイヴして活性化するんだ。

奇妙に思われるかもしれないが、私の体験からすればこれこそが真実だ。瞑想がもたらす至福は防弾チョッキみたいなものだ。あなたを守ってくれる。至福に満たされていればもう無敵だ。マイナス思考が頭をもたげても、それを超えるアイデアを捕まえられるし、深い洞察力で理解できる。いとも簡単に情熱をたぎらせることができる。これまで以上に活力が湧いて明晰になれる。そうして仕事に立ち向かい、映画とか他の媒体にアイデアを翻訳すればいい。」

『大きな魚をつかまえよう リンチ流アート・ライフ・瞑想レッスン』(デイヴィッド・リンチ著、四月社)より引用

ギタリストのTM体験「創造性を刺激し、インスピレーションを与えてくれる」 | 超越瞑想(TM)福岡センター (tm-kyushu.co.jp)