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2020.08.25

平和と幸福

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TM-超越瞑想は、自分自身の内側深くで無限の幸福の場、至福の領域に接触する方法です。

書籍『超越瞑想』(マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー著、マハリシ出版)より、幸福と平和の関係について書かれた部分をご紹介します。

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「平和の基盤は至福です。幸福でない人は、平和ではありえません。永続的な幸福のない平和は、単なる受け身の状態でしかありません。夜眠っている間は活動がなく、これを平和と呼ぶこともできるでしょう。しかし朝起きて、再び思考や言葉、行動の領域に入ると、睡眠中の活動のない状態で感じた平和は決して永続するものではないとわかります。

雑念を払いのけ、心を空っぽの状態に保つことによって得られる平和は、想念の圧力がそこにないというだけのものです。その状態から心が再び思考や行動の領域に戻ってくると、従来通り想念や行動の圧力を感じ始めます。そのとき、その人は平和が欠けていることを再び感じ始めます。心を静かにするこのような行法はすべて間違っています。このような行法を長い間続けると、心の働きが鈍くなってしまいます。

中略

必要なのは、心を空にする努力ではなく、現在意識を思考の微細な状態に導いていき、ついには最も微細な状態をも超越して、積極的な「存在」の状態に達することなのです。現在意識の状態において心を空にしておくのは、単に心を活動の領域から退かせて、受け身で不活発な状態に置くだけのことです。

心を静める行法を行っている人たちは人生において平和を感じるかもしれませんが、それは想念を否定しているからなのです。そのような修行によって鈍く不活発になった心が、体験と活動の領域において活力を失うとき、心が活動しなくなった結果として一種の平和な感じがします。しかし、何か重大な問題が起こったり、何かのことで機敏に、活動的に物事を処理する必要に迫られると、その人の心は無活動の習慣がついていますから、たちまち緊張してしまいます。このような方法は、個人と社会の進歩にとって有害です。

心の本質そのものが至福意識に変化しさえすれば、平和は永続的になります。平和を求めるならば、超越瞑想の実践によって、あらゆる幸福の源である「超越」の領域に心を導く方法をとるべきです。

心が平和でないと、恐怖や自信の欠如、その他さまざまなつまらない悩みが生じてきて、みじめな気分になり、価値あることを考えたり、実行したりすることができなくなります。恐怖とは自信の欠如にすぎないのですが、自信の基盤になるのは、至福の体験から生まれる満足だけです。この世界には真に永続する満足を心にもたらすものは何もありません。なぜかといえば、人間の心の大きな渇きを満足させるような純粋な幸福は、この世界のどんなものからも得られないからです。満足を得ることのできる唯一の場は、至福意識の超越領域だけです。この状態に達しない限り、心の平和は常に世の中のありとあらゆることに脅かされ続けるでしょう。

人生において平和を開く黄金の門は、至福の体験です。この偉大な栄光を獲得し、一生涯これを生きることは、誰にでもできるやさしいことなのです。」

—『超越瞑想』(マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー著、マハリシ出版)より引用

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自分自身の内側深くにある無限大の幸福、至福の場に接触すること、そこで得る満足、幸福を日々の生活の中で生きることは、ほんとうに誰にでもできる簡単なことです。そして、そのための確実な方法、テクニックがTM(超越瞑想)なのです。

マハリシ総合教育研究所 平松直子

TM-超越瞑想を学ぶ四日間のコース