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2019.12.21

TM(超越瞑想)と宗教

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「TMは宗教ですか?」と説明会でときどき質問があります。受講を申し込む前に確認しておきたい点の一つですね。

TM(超越瞑想)はインドのヴェーダの伝統に由来する瞑想ですが、ヴェーダは宗教ではありません。「ヴェーダ」とは「知識」を意味するサンスクリット語です。そして、TMも宗教ではありません。ですから、世界中のさまざまな宗教を信じる人たちがTMをしています。例えばアジアの仏教国・タイ。タイではこれまでに5千人を超える仏教の僧侶の方がTMを学んでいます。

TMは自分を開発するためのテクニック。経典を学んだり、ありがたいお説法を聞いたりはしませんし、神に祈ったり・・・ということもありません。あれをしてはいけない、これをしてはいけない、といった生活上の制約もありません。このテクニックはどの宗教の教えとも矛盾するところがないだけでなく、むしろTMを日々行うことで信仰心が深まります。心の曇りや鈍さが取り除かれて心が純粋になり、自分の信じる宗教をより深く理解するようになるからです。この瞑想はどんな信仰を持つ方も、安心して取り組むことができるものです。

TMの効果や原理について疑いを持っていてもかまいません。TMを習ったものの、内心では「こんなの本当に効果あるんだろうか?」と思っていても大丈夫。信じようが信じまいが、正しく行いさえすれば瞑想の効果は得られます。

TMについて書かれた本は、これまでに何冊も出版されています。これらの本はTMという瞑想を知るのに役立ちますが、本を読むことが大事なのではありません。どんなに瞑想の本を読んで知識を仕込んだところで、実際に何かが変わるわけでもなければ、自分が成長するわけでもありません。瞑想の「実践」、瞑想の「体験」こそが大事なのです。直に指導を受けてやり方を習ったなら、そのあとは自分で毎日この瞑想を行い、瞑想の効果を日々の生活の中で楽しむのです。

源に立ち返る

TMは宗教ではありませんが、その実践はすべての宗教が目的とするところを達成します。宗教の目的とは何でしょうか?マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー※は著書『超越瞑想』の中で、宗教について次のように述べています。

「宗教の成就は、宗教religionという言葉が示すものを人間が得ることにあります。この言葉はラテン語のリリガーレreligareという不定詞から来ています。reは「もとへ」、ligareは「結び付ける」という意味ですから、宗教とは「もとへ結び付けるもの」ということになります。宗教の目的は、人間をその本源に結び戻すことなのです。」

人間の、自分自身の本源。まさにこれを、私たちはTM中に体験します。毎日の実践の結果、最終的に私たちは、すべての宗教が目的とするところ、つまり「自分自身の本源との堅固な結びつき」を得ることになるのです。

TMというテクニックを用いて私たちは自分の中へと深く入っていき、最も深い部分へと到ります。海にたとえれば海底にあたる部分に到達します。そこはとても静かで落ち着いており、また深い安らぎを与えてくれます。これが自分自身の本源、源です。自分の源は他のどんなものよりも私たちを満たします。TMはこの源へと私たちを連れ戻すのです。

TMを行う度に私たちは本来の自分、真の自分に立ち返ります。毎日の実践が源との結びつきを強化します。こうして私たちはますます「自分自身」を生きるようになります。

自分自身でいることは何よりも自然なこと。自分の源・本源としっかりと結びついていれば、人生から無理や緊張がなくなり、すべてがもっと自然でもっと快適になります。

自分の源・本源との結びつきは、信仰を持つ人にもそうでない人にも、等しく同じ果実を与えます。無理のない自然な人生、満ち足りた人生という果実が、どんな人にも用意されているのです。

マハリシ総合教育研究所 平松直子

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