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2019.09.01

自分の中の静けさ

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一年ほど前にTM(超越瞑想)を学んだ方から、こんなお話を伺いました。

この方は美術館に行くのが好きで、仕事の休みの日には一人でよく絵を見に出かけていたそうです。といっても絵が好きなわけではないとおっしゃいます。美術館で作品を眺めているときには、仕事や日常の雑事から離れて自分一人になれる。静かな時間が過ごせて、リフレッシュできる、とのこと。

それが、このところめっきり美術館からは足が遠のいていることに、つい最近気がついたそうです。そのときに「じゃあ、久しぶりに行ってみようか」という気にもならないし、興味も湧かない感じで、自分でも不思議だった、というお話でした。

日常から離れて一人きりになれる静かな場。これが瞑想(TM)中に自分の内側で得る体験です。この方は毎日TMを行うことで、求めていたものをご自身の中に見つけられたことでしょう。

TM中に体験する自分自身の内側の深い領域は、私たちの周りの世界 ―せわしない活動と変化の場― とは正反対。そこには動きも変化もなく、あるのは深い静けさと絶対的な安定です。普段の生活では体験することのできないこの静寂は、いわば「非日常」ですが、自分の中に存在する現実のものです。そして、その静かな領域に到ると、そこで私たちはただ一人きりになります。そこは「自己」以外には何ものも存在しない領域なのです。

日常から離れた静けさ。自分一人になれる場。それは自分の中にあったのです。どこか別の場所に行く必要はなく、ただ自分の中に入っていけばよいだけだったのです。

静けさが与えるもの

自分の中の深い静けさとの接触は、広い視野と大きな理解力を与え、私たちを大変実際的な人間にします。

海を考えてみてください。私たちは船に乗っているとします。海が荒れて波が高いときには、海面の波と水しぶきが船上からの視界を覆ってしまいます。見通しがきかなくなり、限られた範囲しか見ることができません。

心もこれと同じです。心が波立ち、静けさ、落ち着き、安定を欠いているときには、その心の波の動きに阻まれて視野が狭まります。限定的、一面的なものの見方しかできなくなります。これでは物事の理解や判断を誤ります。

瞑想によってこの心の波は簡単に鎮まります。TMは、無理なく自然に、波の動きのない絶対的に安定した静かな場へと私たちを導きます。20分のTMを終えて目を開けると、心は穏やかさと落ち着きを取り戻しています。この実践を毎日行えば、ものに動じない安定した心が培われます。

海面の波が鎮まって海が穏やかになると、船上からの視界は大きく開け、遠くまで広範囲に見渡せるようになります。全体的な状況が難なく視野に入ってきます。

同じように、心が鎮まれば鎮まるほど、視野と理解力は大きく広がります。心の視界を遮るものが何もなくなり、物事を全体的に捉えることができます。深く考え、正しい理解をもつことができます。それが、効果的な実りある行動の基盤となります。

私たちの日々の生活は数多くの活動から成り立っています。望む結果を得ようと私たちは活動に勤しみますが、その活動がただ忙しくて疲れるばかりであるなら、瞑想を学ぶときです。活動によってよりよいものを生み出すには、ただひたすら忙しく行動するだけでなく、「静けさ」という要素も必要なのです。そして、私たちが日常生活を営む物質的な世界、私たちを取り巻く外側の世界では得ることのできない大きな静寂が、自分の中にあります。

瞑想によって体験する深い静寂は、心を整理し、視野を広げ、理解力を高めます。最小の行動で最大の成果を得ることができるのは、静かで落ち着いた心を持っているときなのです。

マハリシ総合教育研究所 平松直子

実践者が語るTM「帆を張って風に乗る」